2017-06

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音の言葉 - 2013.01.03 Thu

「レ・ミゼラブル」の映画を見た。
歌の素晴らしさの意味、歌の表現する感情。
調べてみたくなった。
映画の中で苦悩、悲しさ、切なさが
歌われていることにより、救われている
そんな気がした。

『西洋音楽史』パウル・ベッカー著の本を読む。
この中にわたしの知りたいことの何かが
書かれているかもしれないと思った。

「芸術は生きた肉体において、
あるいは肉体から創造されるのである。
なぜなら、肉声は人そのものである。
それは可視なものから不可視なものすなわち音を発する
空気の現象のなかに投影させられるのである。

歌声のなかに人間を知覚せしめるものは耳であるが
耳は、現実に人間の実体を見る眼とは比較にならぬほど
人間の本質を鋭敏に我々に知覚せしめる。
かくして、もっぱら肉声をのみ用いるところの
この偉大なる芸術が、
この感覚的に最も温か味ある材料を形式づけるために
最も抽象的な構成組織に頼らねばならなかったということの
理由が理解されるのである。

和声をば重力の感覚が音響の知覚のなかに
働いたものとみるのがよい。
音の重力の変動であり、
音響の静力学的な動揺であり
平衡である。
和声はこれを頭の尖った空気柱と考えると
その構造を理解しやすいであろう。
すなわちそれ自身空間的なものであるから
これが形づくる諸形式も空間的な形式であり、
したがって空間的な運動に基づいている。

空間的な運動とはすなわち動感と呼ばれるものであり
それが部分音の運動として現れるときに我々はこれを
旋律と呼び
抑揚ある音の運動として現れるときに
節奏と呼び、
この旋律か韻律の個々の運動が
強く弱く、
あるいはその中間に、
陰影づけられるときに陰暈と呼び、
最後にそれが音色上の活動として現れるときに
これを色彩と呼ぶ。

すなわち旋律、節奏、陰暈、色彩は
音楽の動的な作用であるが
それは空間的な活動力であって、
この活動力の作用の結果、
和声の空間的な諸形式が活動を始めて、
芸術的な諸形式にまで形成されるのである。

人間が己だけの喜びや苦しみを抱いて世界に孤立し
芸術は彼にとって生活感情を託す、
いわば体験の表現の媒体となったのである。

ロマン主義芸術が、人間存在の本来性を止揚して
個人の生活そのものを表現の対象とした点で、
演劇的な芸術であった。
ロマン派によって音楽が音の言葉として把握された。
その言葉とはあらゆる内的な起伏や烈しい感動に
直接追従し得るものであった。
ただこの音楽の言葉は、
普通の言葉のような一つ一つの明確な意味をもたず、
それだけで何かを表現しようとするものである。

ロマン派の音楽は、
純粋な音楽の世界とは別の他の表現を目指すための媒体。
作曲家は感情の起伏に従って、できる限り多様な、
凹凸のある、熱情的な方法を求めた。
それが劇の世界であった。
この世界にはあらゆる詩的な、
標題的な観念や、
自己の表象のあるいは
幻想の対象となるものが合流し、
それらが直接音楽に反映し、
また逆に音楽によって生かされるからであった。」


歌うことにより
登場人物の悲しみや苦悩は
音の言葉として届いた。











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『クリスチャン・ディオール 1947-1957 (Dior in VOGUE)』 - 2012.09.07 Fri

『クリスチャン・ディオール 1947-1957 (Dior in VOGUE)』文化出版局
1947年「ニュールック」を発表してから
1957年にディオール が亡くなるまでの
10年間にわたるディオールの足跡を
ヴォーグに掲載された多数の写真と記事をまとめた1冊。

先日、素敵な図書館でこの本を読む。
ファッションデザイナーに関する評伝や
人物に焦点をあてた記述を詳しく
読んだことがなかったので
初めて知ることが多くとても興味深く読んだ。

デザイナーとしての苦悩や
新作を発表するまでの緊張感、
服を作るということに対する情熱。

年代ごとにモノクロの写真で
それぞれの季節に分かれて
デザインのこだわりも紹介されている。
モデルの女性の美しさとともに
映画のワンシーンを見る様な
ドラマを感じる服に酔いしれる。

ファッションを通して
その時代の空気、
歴史を垣間みる。





芸術新潮 2012年9月号 - 2012.08.31 Fri



永遠のイスタンブール特集となっています。

ビザンティン帝国時代の遺産が残るイスタンブール
ゴシック聖堂では、
建物の外側を大理石で飾り、
彫刻で飾り、
針葉樹のように尖った塔を空に伸ばす
というふうに外観のシンボリズムを重視するが
ビザンティン建築は外観をあまり気にせず、
外観は煉瓦が剥き出しのままにして
内側をモザイクやフレスコで飾ることに
意識を集中したそうです。

アヤソフィア博物館のモザイクの写真が
掲載されているのですが
モザイクの一片、一片が美しいです。
とても細かいテッセラ(モザイクを構成するガラス片)
がふんだんに使われているそうです。
顏のところなどは数ミリくらいのテッセラを
ていねいに並べ、
立体感まで表されている。
モザイクによる描写はざっくりと
単純で平面的なのが持ち味なので
モザイクが目指す方向性としては
むしろ逆行してるともいえるとのこと。

トプカプ宮殿の「正義の塔」からの眺め。
ハレムの鉛張りの屋根が連なる。
トプカプ宮殿の糸杉を描いたタイル装飾。
内装にはイズニック産のタイルがふんだんに
用いられているそうです。

イスタンブールで生まれ育った
オルハン・パムクの長編エッセイには
『イスタンブール 思い出とこの町』
には、ボスフォラス海峡の発見と題する一章がある。
そのボスフォラス海峡は
古来、アジアとヨーロッパの境界とされ
交通の要衝であったとのこと。
イスタンブールは
旧市街の範囲をはるかに超え
ヨーロッパ側市街と
アジア側街区をも包摂する巨大都市として
成長することに。
二つの大陸にまたがる唯一の町と形容されるようになる。
「イスタンブールの魂と力はボスフォラス海峡からくる」
とオルハン・パムクは言う。


イスラムの書道や
現在のトルコのトップデザイナーのインタビュー、
キリムという平織りのウールの敷物、
イスタンブールの料理の写真やレストランも掲載されていて
イスタンブールを旅する一冊です。

ひとやすみにデビッド・リンチの黒夢のリトグラフの
掲載されたページもあったのでどうぞ♪




縞物の美学 - 2012.08.27 Mon




没落しかかった芸者置屋に
女中として住みこんだ主人公は
花柳界の風習や芸者たちの生態を
台所の裏側から観察し、
華やかな生活の裏に流れる
哀しさやはかなさ、
浮き沈みの激しさを
描いている。

この本は幸田文の本を読みたいと思い
選んでいた時に
この表紙の「縞」に惹かれて選んだ。


「縞物」は室町時代から江戸時代を通じて珍重され、
中国・明の船や南蛮船で運ばれてきた渡来の織物だった
と以前に読んだ『装飾する魂』に書いてあった。
「縞」とは「島」、
つまり島渡り(舶載品)のことで、
中世日本では「筋」や「隔子」と呼ばれていた
平行線や格子の文様が、
そのときから新しい名を得たのである、とのこと。

平安貴族は縞柄を好まなかったから、
有職織物に縞はほとんど登場しない。
室町時代に明から「間道」が
桃山時代にインドや南方諸国から「唐桟」が
もたらされたとき
それらのシンプルで美しい経縞柄(たてしまがら)は
まさに日本人にとって刺激的な文様であったらしい。
それまでの日本には定着していなかった
木綿という素材の優しい肌触りとカラフルな色。
エキゾティシズムをそそるたくさんの要素が
「縞」に織り込まれていたのである。

その縞柄の美しさにまっ先に目をつけ、
名物裂として茶入れの仕覆などに珍重した
茶人たちがいればこそ、
縞が世で普遍的な価値をもつことになった、とのこと。
その単純明快な線の抽象が侘数寄の美学に合致した。
装飾過多な貴族的意匠の伝統を引きずってきた
日本の飾りの美学のなかに、
初めて立ち現れた簡潔な「縞」は
豪華絢爛の名物揃いの茶を味わい尽くした果てに達する、
無一物の境地(『南方録』)と引き合ったかもしれないと。

この「縞物の美学」は、
江戸になり裾野が広がって
町人文化の「いき」に育っていった。
「光ある物」に届かない庶民、
心意気だけが生命の町民は、
彼らの意気地を映し出す
表象にしたのだった。

意気/意気地とは、
他者とくに異性に対して媚態をみせつつもなお
「一種の反抗を示す強みをもった意識」なのだ。
と、九鬼周造は『「いき」の構造』で説明している。
「縞」は「いき」を表す最高の芸術(造形)表現であると。

「永遠に動きつつ永遠に交わらざる平行線」
一方の線と他方の線との間に生じる距離の緊張。
からだの線を出して、縞を着た女性が、
しなをつくる。
そのとき着物の縞がはんなりと曲がる。
女性の「いき」を縞は目の前にあざやかに視覚化していると。


幸田文の『流れる』は「いきな女性」の話しであるとも
いえるのかもしれない。



「茶の湯といけばなの歴史」 日本の生活文化  左右社 - 2012.08.20 Mon

生活と芸術という視点から日本の生活文化を見ようとする。

江戸時代に芸術といえば武道における技芸であり
職人のもつ技術をさす言葉で
美的価値を求める人間の創造活動の成果という
西洋近代のアートの翻訳語とは別の意味であったとのこと。

日本には、今日いう生活も芸術もなく
それらを一体としたくらしがあり、
その思いを、ある時は
「あはれ」
「おかし」
「ばさら」
「幽玄」
「わび」
「かぶき」
「粋」
「伊達」
などの言葉で表現してきた。

芸術の生活化、生活の芸術化の伝統について述べている章がある。
平安時代の貴族は寝殿造りの住宅に住み、
その室内の建具や調度の
襖障子
屏風
几帳
などには日本の風景や風俗を主題とした
「大和絵」が描かれ、
飾り棚には蒔絵の硯箱や文箱などが置かれるのが普通であった。

そのような美術品に囲まれた室内で
和歌を贈答し
物語や物語絵を創作したり鑑賞する毎日を
過ごしていたわけだから
平安貴族にとっては生活そのものが高い芸術性をもっていた。

平安前期は屏風の絵の主題が
中国の風景や風俗を描く「唐絵」であった。
しだいにその唐絵を和風化して
平安中・後期には日本の古典様式である
「大和絵」を確立した。
唐絵から大和絵への展開に際して
大きな役割を果たしたのが
襖障子や屏風の絵、
すなわち障屏画だった。

平安中期になると貴族たちは
日本の風景や風俗であることを求め、
絵の表現においても自分たちの
生活感情や自然観を満たすものを求めた。
その結果、技法や様式までが和風化して
大和絵の誕生となった。

これはいいかえると、
外来文化の受容ということである。
受容して日本の環境にあわせて変容させることで
定着したのである。
当時の芸術は生活(環境)と密着していたから
中国から伝わった音楽や美術工芸は
生活化することで定着した。 



この本は松本清張が描いた
日本美術史の芸術家10人の歴史短編小説
『小説日本芸譚』を読み、
松本清張が描いた千利休のドラマにはまりこみ
千利休をもっと知りたいという思いで
読みました。

近代数寄者の世界で
井上世外
藤田香雪
益田鈍翁
村山玄庵
根津青山
高橋箒庵
原三渓
小林逸翁
松永耳庵
の紹介もあります。







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