2012-03

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「英文収録 茶の本」 岡倉天心著 講談社学術文庫 - 2012.03.30 Fri

茶道への想いについて明治39年に
英文で出版された本の訳文です。
うっとりする様な詩的な表現の数々が
論文というより美しい小説の様です。
最終章は利休の最期が描かれ
文明開化への天心の相容れない想いがうかがえる。


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「ほとんど記憶のない女」 リディアディヴィス著 白水社 - 2012.03.30 Fri

言葉のリズム、言葉の表現できる面白さを
超短編や詩やエッセイ、旅行記など
多彩な形式の全51編で 楽しめます。
言葉の迷宮に迷い込み自分の位置感覚を見失うほど
言葉に酔いしれることができます。

「旅の冒険―マルセル・ブリヨン短篇集」  出版社 未知谷 - 2012.03.30 Fri

クラッとするほど魅力的な描写の言葉、ゾクッとするほど刺激的な作中の人物に読者が案内される旅は
「列車はやんわりした音とともに止まった。」の冒頭の文で始まります。
幻想性に富む5篇の物語。
お化け屋敷に入ると暗くて何も見えないのに
何が現れるのかいつ現れるのかと想像することで怖くなります。

この物語も町の描写に使われている言葉、頭上に広がる夜空の星を描く言葉、
出会う人物が幽霊なのか生きているのかと思わせる描写の言葉などが、
静謐で奇妙で詳細で想像がどんどん膨らみ異界へと連れていかれます。
次のページにはどんな思いがけない出来事があるのかと惹きつけられます。
自分の想像力で描いた世界が実際にこの作品の中で描かれている物語よりも
より不可思議な世界となってきます。

短篇の主人公は、そこに住んでいる人物ではなく
旅人としてその夢幻の場所に迷い込みます。
5篇の物語の中でそれぞれの旅人が出会う人物は、老兵士であったり音楽家であったり
ジプシーの女であったりと多彩です。

著者はアイルランド系の父と南仏に先祖を持つ母の間に1895年にマルセイユで生まれ
美術評論家、考古学者、伝記作家、歴史家、小説家と多様な面をもっていたそうです。

「建築のエロティシズム―世紀転換期ヴィーンにおける装飾の運命」 - 2012.03.29 Thu

1900年前後の世紀転換期ヴィーンを舞台に装飾がそこで担った意味の分析を通じて、近代建築のエロティシズムを考察する試み。ロース、ヴィドゲンシュタイン、フロイト、ココシュカなどのエロス的人間たちが登場!
主に建築家アドルフ・ロースが取り上げられています。
ファッションに始まる移りゆく文化現象や日用品、
食習慣や立ち居振る舞いまで取り上げた文明批評を盛んに新聞・雑誌に寄稿したり
自分で雑誌を刊行していたロースは世紀転換期ヴィーンの装飾論を語るうえで
キーパーソンとなっています。

ロースの影響が建築のみにとどまらず、
建築以外の分野の芸術家や思想家たちに受け継がれたとあり、
画家のオスカー・ココシュカ、哲学者ヴィトゲンシュタインも登場してきます。
フロイトの精神分析は一種の装飾の記号論として解読されています。

知識不足のわたしには難解な部分があったのですが
装飾の首都として世紀転換期のヴィーン文化が
いかがわしくも魅力的であることの秘密が探れる
エロティシズムを濃厚に漂わせる興味深々の内容となっています。

この時代に生きた芸術家たちは隠したくても隠しきれない
淫靡で官能的な感情を実は隠すのではなく、表現したくてたまらなく
そのエロスをどのようにカッコ良く表現できるか
孤軍奮闘していたのだと感じそんな姿になるほど~と思いました。



「西洋音楽史」 パウルベッカー著 河出文庫 - 2012.03.29 Thu

なぜその時代にその様な音楽が栄えたかについて解説されています。
音と呼ぶ素材の中に営まれた人間生活の形成過程、
音楽を創造した人間感受性の変遷の歴史としての面から書かれていて
雄大な歴史書の味わいがあります。

「小説日本芸譚」 松本清張著 新潮文庫 - 2012.03.29 Thu

松本清張が描いた日本美術史の芸術家10人の歴史短編小説。
運慶や世阿弥や千利休などの人間ドラマがグッときます。
昭和32年新年号から「芸術新潮」誌に連載されたものです。

「つめたいよるに」 江國香織著 新潮文庫  - 2012.03.29 Thu

短編集なのですが、この中の「ねぎを刻む」の1編が、
孤独を感じる夜の一瞬をひとりの部屋に帰宅 しての孤独感を悲しむのではなく、
消えそうな孤独な感情を離さないように味わっていたい感情が、ウンウンとうなずける。

「やさしい訴え」 小川洋子著 - 2012.03.29 Thu

山あいの別荘にひとりで住む「わたし」が、
そこで出会ったチェンバロ作りの男に惹かれていく心の動きがせつなすぎて、
ページをめくる手を止めてしまうくらいその余韻に浸っていたくなります。
読後はチェンバロの曲を聴きたくなります

「俳風三麗花」 三田完著 文春文庫 - 2012.03.29 Thu

昭和7年の古き良き東京の佇まいと、臨場感ある句会の描写の中で登場人物が詠む俳句そして句会に訪れる3人の若い女性のそれぞれの恋の悩みが相まって味わい深い小説です。昭和の初めらしい会話の言葉も美しいです。
物語の中心となる場所は日暮里にある秋野暮愁が主催する暮愁庵句会です。
そこで出会った3人の20代の女性、
大学教授の父を亡くし日本橋の自宅に母と2人で住む令嬢ちゑ、
両親を亡くし淀橋区柏木の叔母の家に住む女医生の壽子、
浅草芸者の松太郎、その3人が恋の悩みを通して大人の女性として成長していきます。

5章で構成され各章ごとに句会が中心となり、物語が展開します。
3人の女性と暮愁先生の他に白山で写真館主の穂邨、
神田の古書店主南海魚、三井合名社員の政雄、
下谷の筆職人銀渓、途中で紛れ込み波瀾を起こす浅草橋の人形店主傳助
みんな俳句好きで個性的。

登場人物たちが句会で俳句を作りだす様子、心の動きなどが手に取るように
描かれていて、自分もその句会に参加している気分になります。
俳句の季語についての説明や句会の進め方なども物語の筋の中で
上手く説明されています。

女性陣の脇を固める小父さま方が句会にて博識を披露したり、
駄洒落を言ってみたりと楽しいです。
また、それぞれの人物が詠む句がその人らしく個性的で
読者の自分はどの方が詠んだ句が好きかしらなどと
楽しむことも出来ます。

俳句と昭和初期そして若い女性たちとその3つのハーモニーが
モダンな印象を醸し出しています。
著者の三田完氏の祖母は女流俳句の長谷川かな女、母は長谷川秋子
著者自身も現代俳句協会会員だそうです。

東京堂書店 - 2012.03.29 Thu

3月30日リニューアルオープンの
神保町の東京堂書店
楽しみ―
行きたーい

「新版 古寺巡礼 京都 平等院」 淡交社  - 2012.03.16 Fri

昨年の紅葉の頃
平等院を訪れました。

その時の感動を帰宅してから
忘れずにいたいと思い
書店で平等院に関する書籍を探していて
この本に出会いました。

わたしの印象にぴったりの平等院の
写真が掲載されていました。
住職の神居文彰師のメッセージや
染織家の志村ふくみさんのエッセイ
もあり、読むことも見て楽しむこともできます。
阿弥陀如来座像や鳳凰堂の中など
写真を撮影できなかったところ
の写真があるのでうれしいです。

この書籍はシリーズで
他の京都の寺院のものや
奈良のシリーズも
出版されているのでとても
オススメです。



「装飾する魂―日本の文様芸術」 鶴岡真弓著 平凡社 - 2012.03.15 Thu

月刊誌『太陽』に連載された日本の文様芸術の美術史。渦巻、鳳凰、唐草、桜、水、蝶、龍、縞、人、文字、雲、車、日月、動物、蓮。そして三島由紀夫の「白」に囚われた庭と家。著者の語りに魅せられます。
極東の島国の装飾の彼方には中国と西洋がよこたわっているとあり、
ひとつの文様を取り上げるにあたり西洋でのその文様の美と
日本においての文様の美の誕生のドラマを実感できます。
冒頭の章では、三島が自宅の庭にアポロン像をおき至福を味わっていたことに触れ、

「厳寒の季節にも、このギリシアの光明神と対峙」したほどに、アポロン像との時間をせっせとつむぐ男がいる。それは「ギリシア的彫像芸術」をつうじての自己バランスの保持であり、そのもとめる肉体的精神的均衡を視覚をつうじてとぎすます鍛錬である。それは触れはせず、「視ること」にとどまるという制約から始まる、マゾヒスティックな熱い高揚である(それは逆に視ることが拒まれ触わることしかできないときの官能と同じくらいエロティックな高揚だ)。「視覚」は触角を誘うようでありながら、そのじつは「触角」を拒絶し、眼の交渉だけをゆるす感覚の荘重な儀式である。


著者の魂により妖しく魅惑的に文様が語られていきます。
各章ごとにひとつの文様に深く迫っています。
「渦巻」ではオーウェン・ジョーンズの肖像画に描かれた背後のアラベスクの絵図、『装飾の文法』、
「鳳凰」では北方ルネサンスの巨匠アルブレヒト・デューラーのグロテスク文様、
「唐草」ではゲーテの「植物のメタモルフォーゼ」という詩、
「桜」ではギリシアの戦士が盾に描いたパルメット唐草、スキタイの騎士がつけた動物闘争文様のベルト、
「水」では名画『モナ・リザ』の背後の風景の渓谷、

「蝶」ではシュリーマンがミュケナイの墓から発掘した黄金板、ベンジャミン・ウィルクルスの『英国の蝶類愛好家』、
「龍」では本家中国の『本草綱目』、
「縞」では織物を日本へと伝えた見知らぬ異国の町の名やマッキントッシュのストライプのインテリア
「人」ではミュシャのポスター、ミケランジェロの彫刻、パルテノンの女人柱、グロテスク文様
「文字」では大英博物館・図書館の数々の書物/文字『シナイ写本』『ペーオウルフ』のアンシァル書体『マグナ・カルタ』のヒゲ文字、レオナルド・ダ・ヴィンチの鏡文字など、そして「コカコーラ」のロゴのカリグラフィー、
「雲」では巨匠ロイスダールの描く空、彫刻家ベルニーニが刻んだ《聖女テレジア》

「車」では太陽神ヘリオスや『リグ・ヴェーダ』の太陽神スーリャ、暁の神ウシャスの戦車、
シュメール人の中実車輪、ケルトのホッホドルフ、
「日月」では月の女神ディアナ(ギリシアのアルテミス)の額の上の三日月、
「動物」ではギンズブルグの『闇の歴史』、
「蓮」ではインダス文明の蓮女神像、インド四世紀の性典『ラテラアシンア』の中で
美女の典型であるとされる蓮女(バドミン)、

各章で西洋でのその文様の描かれ方を文学、絵画、彫刻など様々な芸術から語り
日本での文様の誕生にと目が向けられていきます。
日本独自の文様と思っていたものが
西洋や中国から影響を受けたものであることが
ひとつの文様に対して西洋または中国と、日本との対比の形で語られているので
理解しやすいです。
興味深い作家や芸術家、書物などが多くあげられ、この書籍を読んだ後に
調べてみたくなります。
内藤忠行氏の撮影した日本各地の宝庫に隠れた装飾芸術の写真もあり
素敵です。また文中で取り上げられた西洋や日本の文様の図版も載せられています。

15種類の文様が語られていますが、春の季節の今
「桜」や「蝶」は特に興味をひかれました。
「桜」は
咲いていて、同時に、散ることへ向かう強烈な死への予兆を孕んでいること。
その移ろいの時間、変容のダイナミズムが、止まった絵図のなかに表現されなければ
ならない。咲く花と散る花の両方の雅やかさを、いち度にどう表すか。

「蝶」は
蝶の翅という完璧な生命の芸術が、躓き易い不器用な画家たる人間存在を照らし出す。
してみれば、蝶を捕えたいという人間の欲望の裡には、蝶の翅の完璧な芸術への、抑えがたいジェラシーが潜んでいるらしい。


著者の装飾する魂によってわたしの心が装飾される想いがするほど
素敵な美術史です。


「消費社会の神話と構造 普及版」 - 2012.03.10 Sat

この本を読むと節約できるようになり、健康になる秘訣がわかり、ビジネスに関することもバッチリ、恋愛テクニックまでも?の万能自己啓発本としても読めました。
フランスの現代思想家ジャン・ボードリヤールが1970年に41歳のときに刊行した本です。
本書の最大の特徴は、マルクス、フロイト、ソシュールの理論的装置を再利用しながら、
われわれの日常的現実を記号論的視点から解釈しなおしたことにあるということですが、
それらの著者の本を読んだことがない私にも挫折せずに
最後のページまで読み進められるように書かれているので
ボードリヤール氏すごいと思いました。

自動車や洗濯機から緑の自然や健康な身体、娯楽、マス・メディア、
ショッピング・センター、ダイエット、余暇の時間など
社会内の森羅万象が取り上げられていて、
あらゆる財とサービスが消費「対象=モノ」(オブジェ)として人々の前に立ちあらわれ
社会的権威や幸福感といった他人との差異を示す記号=モノとして現れます。
世界経済の仕組みや経済に関する数字などではなく
自分の日常に関わる身近な事柄なので興味深く読めます。


「今日では純粋に消費されるもの、つまり一定の目的のためだけに
購入され、所有され、利用されるものはひとつもない。
あなたのまわりにあるモノは何かの役に立つというよりも、まずあなたに奉仕するのである。
個性化された「あなた」という直接の対象がなければ、
そして個人的給付という包括的なイデオロギーがなければ、
消費は文字通り消費でしかないだろう。消費に現在のような深い意味を与えているのは、
心づけとそれに意味を与える個人的慰めの温かさであって、純粋かつ単純な充足ではない。
この気づかいという太陽の光を浴びて、現代の消費者たちの肌はこんがりと日焼けしている。」

モノはキャッチ・フレーズから案内嬢の笑顔や自動販売機の発するお礼の言葉、
わたしたちは驚くべきサービス精神に取り巻かれ、
献身と善意の連合軍に包囲されているとあります。
私がコンビニでペットボトルのお茶一本を何気なく買うときにも、
無意識のうちにそのモノに付随する広告、いっしょに陳列されている商品との関連性、
広告に使われている人物などありとあらゆるモノも一緒に買っているのですね。
と思いました。のどの渇きを満たすだけではなく。

その他にも記述として、生産されるモノはその使用価値や持続性のために
生産されるのではなくて、反対に価格のインフレ的上昇と同じ程度のスピードで早められる
モノの死滅のために生産される。モノを流行としての価値や急テンポの更新
に従わせることにより、モノの価値=時間を奪い取るとありました。
今日の社会では、無駄な消費が日常的業務、間接税のようなあまり意識されない
押しつけられたひとつの制度となり、経済秩序の拘束に組み込まれているのであると。
そこのところを全く意識せずに普段モノを消費している私は
ムダ使いが他の人より多いかもしれません。

現代人の疲労についても書かれてあり、努力の放棄、緊張の解消、
便利で自動化された生活などへ向かって絶えず進歩しているはずのこの社会は、
欲求の充足を総決算してみるとプラス面よりマイナス面の方が大きくなってゆく社会であり、
ストレスと緊張とドーピング〔興奮剤〕に満ちた社会なのだとあります。

消費社会は「渇望」と「欲求とその充足」を組み合わせているつもりになっているが、
そうではなくて、競争と社会的上昇の強制および個人的快楽の最大化という
内面化されるであろう至上命令との葛藤に悩み
そこに社会的ひずみが重なり、社会は敵対関係に満ちた居心地の悪い社会となり、
疲労はこのような生存条件に対し、受動的拒否の形をとった反応らしいのです。

そのような消費社会に生きる事を拒否して、
自給自足の生活、山にこもって仙人になっても
私の心は消費社会のあらゆる思想を含むモノに囲まれこんがり色なので
エコや自給自足の生活スタイルとしての事柄も消費対象として記号化
されている現代人としては欲求は充足されることもなく、
疲労も癒されないのだろうなぁと思いました。

今まで消費していてぼんやりと思っていた事柄が
目からウロコが落ちるようにわかる事もあり
予備知識もなく読んだので難解な部分もありましたが
とても面白く読めました。
帯のところに我々消費人間にとって必読の書である。
の1文があり、そうかもと思いました。





「能楽への招待」 岩波新書 - 2012.03.10 Sat


美術館が好きです。
もちろん展示されている美術にも興味があるのですが
それよりも美術館という建築物を楽しみに行く様な。
美術館でも特に好きなのが、国立近代美術館です。
竹橋の駅を出て信号を渡り、なだらかの坂を歩くと
右側にすぐ見えてくるあの建物。坂のせいなのか、
なんなのか心臓が少しドキドキします。
エントランスの広さ、天井の高さ、壁の色など見ているとうれしくなります。
最近はその美術館しか訪れていないかもしれないくらい。

同じくらい能楽堂も好きです。
千駄ヶ谷にある能楽堂、能楽よりもあの中の
空間に惹かれて行きたくなります。
中に入ると能舞台があり、時間の流れがゆったりと
進むように感じられる空気に包まれます。

そして舞台が始まり、静寂のなかに能装束の衣擦れ
の音のみがかすかにします。
能楽堂に居る時間は、全く日常を感じない異次元の
空間に思われます。
そこで、能楽を観ながら能楽は観ていない。
(もちろん観てはいるのですが)
考えを想いめぐらし、能楽が触媒となり夢幻の国へ
辿り着く、そんな感覚になるのです。
能楽師の佇まいを観て自分のなかで物語を空想する
余白があります。そこが楽しい感じです。
雅楽の調べも素敵な空想の演出の一部になります。

この「能楽への招待」には、能楽の辿ってきた歴史
能楽が表現する身体性などについて書かれています。
内面と外部(型)との関係の設定をおこない
それによって生じる両者の和音や不協和音が
独特の身体的な場をつくりだし、「気配」となるらしいです。
能楽を弟子に伝承するために「メタファー」を使って言葉であらわせない
ものを言葉であらわそうとし、言葉の表向きの意味からの離反を経て身体
へ浸透していくそうです。


「型附」という秘伝書にはこんな記述があるそうです。
早キ物ハ心ヲシツメテ仕ル 又シツカナル物ヲバ 心ヲカケテ致ス
この内面の操作により、内面はいつのまにか外部にも影響をおよぼし、
身体も美の完成品になるそうです。
能にとって、所作の通り道が型であろうとなかろうと、
それらにかかわる発動の出所が、所作の純度を決定するのだと。
能と禅の関係の記述もあり、無への探求、
意識が照らす領域よりはるかに広大な無意識の世界に届く何かが肝心、
それが、観る者の心の無意識まで揺さぶると。

能楽は観に行くと無意識まで揺さぶられると思います。きっと。

音楽の言葉 - 2012.03.08 Thu


キリンジの音楽の魅力は歌詞

言葉の選び方に魅力があります。


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