2012-05

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「表象」2012.06 特集ペルソナの詩学 月曜社 - 2012.05.29 Tue



特集ペルソナの詩学

森村泰昌+小林康夫 対談 白のゲームとして
ペルソナの隠喩 再論 岡本源太
能面のペルソノロジー和辻哲郎と坂部恵 横山太郎
不気味でないもの ラカン、ドゥールズ、メイヤースを介した自然哲学のスケッチ 千葉雅也
関係性の実在論 享楽の自存性としてのペルソナ 信友建志
装置としてのペルソナ ロベルト・エスポジト 多賀健太郎訳

が特集の欄に掲載されています。
この中の「能面のペルソノロジー和辻哲郎と坂部恵」の
タイトルに魅せられて読みました。

能面が今なお私たちの顏と人格の捉え方に対して新たに示唆することについて、
横山太郎氏が書かれています。

能面は、静止しているときには、生きた人格であることのしるしを
極限まで無に近付けた、その意味で死んだ顏である。
しかし役者に使用されると時間と運動と観客のまなざしのなかにおかれると
生き生きとした表情と、人格の全体性を回復する。

実際には役者が面をつけて動いているのではあるが、
しかしその効果から言えば面が肢体を獲得したのである。
どんな拙い役者でも、あるいは素人でも女の面をつければ
女になると言ってよい。それほど面の力は強いのである。

ペルソナの本来の語義は劇における仮面である。
それが劇における役、次いで社会における役割の意に転じ、
さらに己のなすべきことを行為とする主体としての「人格」の意となった。

わたしたちは自らの顏を所有し、コントロールしていると思っている。
そして他人には作り上げた仮面としての顏を差し向け、
素顔は自分だけのものとして隠し持っていると思っている。
しかし、和辻の言うように仮面こそが主体を所有するのだとしたら?
表層にある外向けの顏の深層に、
それとは異なった「本当の私」の人格などない。
人格とは、面が獲得する人格にほかならない。
社会の中での他人からのまなざしとのインターフェースとしての顏(ペルソナ)が、
そのまま人の人格(ペルソナ)なのだ。

和辻の能面論の背景として英文学者・能楽研究者の野上豊一郎の影響がある。
野上は能面の表現力は「能面の後に在る。それを懸けた頭の中に在る。」と述べる。
能面の持つ力は、役者次第だというのだ。ここには個人の心理に表現の根拠を求めている。
それに比べて、個人を飲み込む能面のフェティッシュな力を捉えたことは
和辻の独創的理解であった。

坂部のペルソナ論の基本構造も描かれている。

人格は、表層においては自己統一で相互排他的な意識の主体である。
一般にはこれを「素顔=本当の私」と考えがちである。
しかし、深層においては、人格は語源であるペルソナ=仮面と同じ構造を持つ。
それは、自分ではないものに憑依され、変身し、しかも仮面が付け替え可能であるように、
一つに固定されずに多様な存在へ置換可能である。
他者と移り合い変換し続けるこうした人格の深層こそが、
人格を生み出すポイエ―シスの次元である。

たとえば私が私であることの深層には、「私」の置換可能な項として
あなたやその他の人々や人間以外のものたちが無限に連なっている。
表層においては、私でありあなたであるような人格が個別にかたどられているとしても、
それらはこの無限に他者になる深層の次元から、
「なにかであること」の可能性を確保している。
そうであればこそ、個別の人間同士の間で、移り合い、響き合う関係が成立する。

要約するとこのようなことが述べられていました。

以前に読んだ「能楽への招待」は能楽者自身が著者です。
その中で、
内面と外部(型)との関係の設定をおこない
それによって生じる両者の和音や不協和音が
独特の身体的な場をつくりだし、「気配」となる。
と語られていました。

能面に私の人格が憑依されても
どうしても自我が能面から発生してしまう。
その不協和音が独特であり、「気配」となるのではと思いました。
その「気配」が能楽者の作り出す芸術なのかもと思いました。

「能楽への招待」には、能と禅の関係の記述もあり、
無への探求も書かれていたのですが、
演じる自分が無になり能面が作り出す人格に憑依される感覚が
大切であることを物語っていたのかもしれません。
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準備体操 - 2012.05.26 Sat

本を読んで感想をこれから書こうと思う時、
その前に家でコーヒーを入れたり、散歩に行きお気に入りのカフェに行ったり
いろんな前置きみたいな時間を持ちたくなるものですよね。

私は感想をまとめたいなと思う前には家事をします。
いつもより丁寧に。
ちょっとした大掃除のような、中掃除。
レンジを磨いたり、ステンレスのシンクをピカピカにしたり。

そして頭の中で考えていることは読んだ本のこと。
感想の文章を考えているのではなく、
旅行から帰って来た時に一週間くらい時間を
経過した時のような思い出にちかい、本を読んだことの思い出。
あの主人公はどうしてあの言葉を言ったんだろうか。とか
描写が素敵だったな。とか
なんとなく輪郭があいまいになっていて
読んだ時の心地良さとかを反芻する感じです。

手先を動かし集中した時間で
心に思い浮かべる本と自分との
ワンシーン。

つなぎ合わせて文章にしたいなぁと思うのです。

「ボヴァリー夫人」 ギュスターヴ・フローベール著 山田 ジャク訳 - 2012.05.22 Tue



ボヴァリー夫人は誰かを愛したいのではなく
恋をしている自分自身が愛しいのかもしれません。

世界の三大夫人とは?と試験にもしも出たとしたら
真珠夫人、ボヴァリー夫人、エマニュエル夫人と解答欄に
筆圧高い字で自信をもって記入してしまいそうです。

医者のボヴァリーと結婚した美しき女性ボヴァリー夫人こと
エンマが平凡な暮らしから逃れるため不倫を重ねる物語。

エンマはどんな女性かと申しますと
舞踏会でワルツをいっしょに踊った
「子爵」の愛称で呼ばれている男性の忘れて行った
葉巻入れを持ち帰り戸棚にしまっておき
時々取り出してはながめ、なかをあけ、
香水とたばこの薫りの入りまじった裏地のにおいまで嗅ぐのです。
それから子爵様はこの葉巻入れを恋人からおもらいになったのかしらん。と
その恋人が思いをこめて葉巻入れに刺繍するところを想像しはじめ
恋の息づかいがこの布地の目のあいだを通り抜けたのだわ。と想うのです。
すっかり子爵様の恋人になった気分のエンマです。

理想を追い求める
理想の生活を手に入れたとしても
また新たな理想がうまれる。
恋する相手に理想を求めても
お相手が自分の想う通りには
行動してくれるはずがないのは仕方がない事です。

火星まで行って火星人に恋をしても
しだいに木星に住む木星人に恋したくなるような
ボヴァリー夫人なのです。

訳者の山田氏は1920年生まれ。母は森茉莉。祖父は森鴎外。
解説を蓮實重彦氏が書かれていて
原文の散文性に忠実な言葉遣いで訳されているとのことです。

『ミッドナイト・イン・パリ』 ウディ・アレン監督 - 2012.05.19 Sat

ウディ・アレン監督の『ミッドナイト・イン・パリ』が26日公開。
現代から憧れの黄金時代20年代へタイムスリップ。主人公の前に
ピカソ、ヘミングウェイ、ダリ、フィッツジェラルドなどの偉大なる面々が現れて。
というストーリーらしいです。

興味を惹かれる方々の名前がたくさん!
主人公に感情移入できそうなので
観に行きたいです。

ウディ・アレンの映画は全部は観ていませんが
好きです。
監督自身は、フィッツジェラルドとヘミングウェイの大ファンとのこと。

主人公ギルはハリウッドの売れっ子脚本家。
娯楽映画で成功しながらもむなしさを感じ
小説を執筆中だが行き詰っている。
小説をなかなか完成せずにいるギルに対し、
ヘミングウェイは
「物語が真実なら、どんなテーマだってひどいものにはならない」などと諭す。

監督は語る。
「僕はつい説教じみてしまうくせがある。
僕自身が抱く人生についての洞察や、
自分が正しいと思っていることについて、
登場人物に語らせてしまう。これが僕の作品の欠点。
観客が同意してくれるかはわからないのにね」

物語が真実なら、どんなテーマだってひどいものにはならない
同意します。

「純喫茶コレクション」 難波里奈 著  PARCO出版 - 2012.05.16 Wed



純喫茶と聞きイメージする内装やマスター、ママ
入口の佇まい、軽食のメニュー、そこに座っているお客様たち、
人それぞれなのかもしれませんが、

青森、栃木、千葉、長野、東京、静岡、新潟、京都、大阪の
著者の方が書かれているように「昭和」の香りが漂うお店を訪れ
著者の方の十行ほどのエッセイに近いオススメ文とともに
味のある写真が載っています。

千代田区にある「ペルル」は昼時は近くのサラリーマンの
憩いの場として賑わうらしくオフィス街に突如現れる素敵な昭和空間だそうです。
写真を見ると飴色のソファに光沢がありレトロ感いっぱいです。
入口のガラスのドアにレースのカーテンが飾ってあります。

新橋にある「パーラーキムラヤ」は入口に並べられたメニューのサンプルが
クリームソーダーやプリンアラモード、サクランボも目に鮮やかなパフェなど
歴史を感じさせます。

足立区にある「みゆき」は映画『ノルウェイの森』の撮影に利用されたそうです。
とってもオーソドックスな作りのテーブルと椅子。
昔ながらのピンクのダイヤル式の公衆電話が置かれています。

文京区本郷にある「喫茶こころ」は夏目漱石の作品からつけられた店名。
緑色と青色の椅子が並んでいます。
ここは夏目漱石と緑色が好きなわたしとしては興味津々です。

杉並区高円寺にある「コーヒーパーラーブーケ」は
紫色の灯り、銀色のチェーンで壁に吊るされた木目の細長い板に書かれた
白いモーニング・セットの文字が。
昔のままの姿を残して地元の人たちに愛用されているお店。
入口の看板の片隅に買い物かごの付いた自転車が停まっています。

68の数にのぼる純喫茶が紹介されています。

この本で紹介された喫茶店をはじめ
日本の各地に純喫茶の世界が残っているお店があると
思うのですが、そのお店は世界でたったひとつのお店。
その空間を守り続けてきたマスターやママが
この世でたったひとりの人のように。

わたしもそこを訪れるひとりとして
お店がこれからも歴史を刻み続けられるようにと
願いつつ珈琲を味わいに行きたいと思います。

再び、「見えない都市」 イタロ・カルヴィーノ著 河出文庫  - 2012.05.15 Tue

マルコ・ポーロという名の人物がフビライ汗となり代わったあなたに語ってくれる一夜一話。
砂漠に現れる蜃気楼のように魅惑的で手にすることが出来ない都市が
眠りについたあなたの夢の中に現れるかもしれません。

詩情を湛えた文章で空想の都市を語ることにより
実在する都市のなかに潜む深淵が浮き彫りになってきます。
「都市と欲望 4」で語られる都市では、
マルコが語る灰色の石の都フェドーラの中心には、
部屋ごとにガラスの球をそなえた金属の宮殿があり
その球をのぞきこむと理想の都市の雛型が見えるのです。
いずれもそれは、この都市が何かの理由で今日見られるとおりのものに
ならなかったならば、そうなっていたであろうと思われる姿が。
住民はそこを訪れ自分の望むところにふさわしい都市を選んで
眺めながら自分の姿を想像する。

運河の水をひきこむはずになっていた(その水を干してしまいさえしなかったら)
水母の養殖池をのぞきこんでいるところや、
軒飾りの上から象専用にあてられた(今では象は街から追い出されておりますが)
大通りを見渡しているところ、
擬宝珠屋根の寺院の塔の(これはもう土台すら跡形もなくなっておりますのに)
螺旋階段をすべりおりているところなど。

フビライ汗にそう語った後、マルコは

「ああ、偉大なるフビライ汗さま、陛下の帝国の地図のなかには、
灰色の石の大いなる都フェドーラも、またガラス球のなかの無数の小フェドーラも、
ともどもにその場所を得ておらねばなりません。
いずれも等しく現実であるというのではございません、
いずれも等しく単なる虚構にすぎないからでございます。
一方は必然として受け容れられておりながらその実はまだ必然とは
なっていないものをその内部に閉じこめており、
他方は可能なもののように想像されながらその1分後にはもはや
可能ではなくなっているものを包含いたしておるのでございます。」

著者カルヴィーノが捜し求めている世界の隠された意図が見えてきます。

ある日フビライはマルコに訊ねます。
自分に語って聞かせているのと同じ話をマルコが西方に帰って
その国民にもくり返し語るのかと。
マルコは答えます。
私はいつでもただ話をするだけでございます。
しかし私の話に耳傾けるものは、自分の待ち望んでいる言葉のみを
受け止めるのであり、語る場所や時代により、また耳を傾ける者
ひとりひとりによって別のものになりうると。
物語を支配するものは声ではなく、耳であると。

同じように物語を支配するものは文字ではなく目であるとも思えるので、
わたしがこの書物を読み旅にでかけてたどりついた場所は
今このときの自分にしかたどりつけない場所であり
明日のわたしはけっして同じ場所にはたどりつけない事になりそうです。

「にごりえ・たけくらべ」 樋口一葉  岩波文庫 - 2012.05.11 Fri



樋口一葉は大好きです。

夏目漱石と樋口一葉ゆかりの場所をめぐるために
文京区 本郷・菊坂コースの文学散歩に
出掛けたこともあります。

「菊坂の居住跡」は当時の井戸もあり
ここで一葉が母と妹國子と三人で生活していた時代に
思いを巡らせ一葉の人物像を知る断片を集める。

作品が好きになると作者自身がどんな人生を送り
どんなことを考えて生活していたのか
知りたくなります。

文豪といわれる人たちには評伝のなかに、
現代作家であればその作者の書いたエッセイや
作品のあとがきのなかに。

岩波文庫のこの本のカバー画は鏑木清方の『たけくらべの美登利』。
装丁から一葉の世界にはいりこめます。

「見えない都市」 イタロ・カルヴィーノ著 河出文庫 - 2012.05.09 Wed



春の風に誘われて旅に出かけたくなります。
今すぐにでも。
そんな時は書物の中でどこにもない国へ、
空想都市へ旅にでかけることにしましょう。

「見えない都市」イタロ・カルヴィーノ著 河出文庫

マルコ・ポーロがフビライ汗の寵臣となり、
さまざまな空想都市の奇妙で不思議な報告を行います。

「一層の好奇心と注意をはらって聴き入っているのだ。
皇帝たちの生涯に訪れるふとした一瞬は、
征服した領土の広大無辺にたいする自負心、
あるいはそのような領土を見解し理解しようとすることをすぐにも
あきらめてしまうだろうと知ることの憂鬱と
ひそかな安心とに続いてやって来る。
言うなれば、雨上がりの宵の象たちの匂いと、
香爐のなかで冷えきってゆく白檀の灰の芳香とに
捉えられてゆく虚脱感。
平面球形地図の赤黄色い背中にかきこまれた
山脈や大河を震わせる眩暈。」

フビライ汗とともに都市の報告を楽しんでいると
宝玉糸線細工<フイリグラーナ>の透かしを通して
幻想都市が見えてきます。

本の友『ウィークエンドサンシャイン』NHKFM - 2012.05.07 Mon

読書しながら、テレビを見る
そんな器用なことができない私は
音楽を聴きながら読書が好きです。

よく聴くのはNHK-FM。
『ウィークエンドサンシャイン』はピーター・バラカンさんが豊富な音楽知識の中
渋くて時におちゃめさを垣間見せて音楽を紹介してくれます。ご機嫌に朝をスタートできます。
今の時期なら窓を開け放ち、朝の空気が気持ちよく音楽と混じりあいます。

『ワールドミュージックタイム』はDJ北中正和さんの語りがとても好みです。
ものすごく静かな語り。日本語を話しているのに無国籍のように聴こえます。
音楽と声で家にいながらにして異国の旅に出かけられます。

『松尾潔のメロウな夜』はとにかくメロウです。流れる曲も松尾潔さんの声も。
あえて部屋を暗くしてお酒を飲みながら聴きたいです。
今わたしが飲みたいのはモヒート。ラムベースのカクテル。キューバのハバナが
発祥の地。読む本はモーターサイクル・ダイアリーズで(^^)
なんだかメロウからはずれてしまいました。

聴いてみてください♪

「燃えるスカートの少女」 エイミー・ベンダー著 角川文庫 - 2012.05.07 Mon

本を読んでその本の内容よりも、
そこに記されていた言葉の一文が心に残り思い出すことがあります。

この本は半年くらい前に読みました。
短篇集なのですが、不可解で超現実的で、暗く
でも同時に明るいユーモアにみちて、深く真実。

著者エイミー自身がどんな作家を読んできたかですが、
イタロ・カルヴィーノ 奇想天外。
オスカー・ワイルド 童話。
ジェイムズ・ボールウィン 感情の真実を語る。
キャリル・チャーチル 戯曲。
オリヴァ―・サックス 脳神経科医。
ガルシア=マルケス 百年の孤独。
村上春樹 奇妙な宇宙。


「思い出す人」という短篇の内容は、
恋人が逆進化し、ある日まで彼は私の恋人だったのに、
ある日猿になり、一か月がたち、海亀となってしまう。
人間だった彼を見た最後の日、彼は世界をさびしいと思っていた。
私たちは一緒にすわり、さびしくなり、なぜこんなにさびしいんだろうと考え、
ときにはさびしさについて議論した。
その夜、
彼はどういうわけか外で眠るからといい、朝になって中庭を見ると
大きな猿がいて、太陽の眩しさをさえぎろうと大きな毛むくじゃらの
両腕で顏を隠しているのだった。
その両目を見るまでもなく、私にはそれが彼だとわかった。
一緒に芝生に腰をおろして、所在なく草をむしった。
私はすぐに人間だったときの彼を恋しくはならず、
あの彼がもう帰ってこないことには、まだ気づいていなかった。

私が仕事から帰ってきて、もともとの大きさの彼が
歩いたり悩んだりしている姿を探すたび、
あの人は行ってしまったのだということを思い知らされる。
記憶を点検し、まだ記憶が失われていないことを確認する。
なぜなら彼がいないのであれば、覚えているのは私の仕事だから。
台所にゆくと私はガラス容器をのぞきこみ、いまではサンショウウオか
何かになってしまった彼を見る。
そして水を見下しても彼の姿がどこにも見つからなくなり
小さく顕微鏡のレンズを使わなければ、
そのうち、彼のことをさがせなくなってしまうことに
私は耐えられないと思う。
そして、
私は彼を車の助手席に積み、浜辺へと走る。
水際に着くと私は身をかがめ、サンショウウオになった彼を
小さな波の上にそっと置く。
彼は泳ぎ出す。


解説を堀江敏幸氏が書かれていて、
<さびしいと思っていた世界に抱きしめられること>と題がついています。
この短篇について解説文のなかに書かれていて

「記憶を点検し、まだ記憶が失われていないことを確認する。
なぜなら彼がいないのであれば、覚えているのは私の仕事だから」

不在の対象をいつまでも忘れずにいること。
それが「仕事」だと認識すること。
ここにエイミー・ベンダーという作家が差し出す、
冷たくてあたたかい手の秘密がある。
あなたが消えれば「私」も消える。
そういう愛と絶望の癒着のなかで登場人物たちは暮らしているのだが
彼らのあいだに立って読者に言葉を伝えている者だけは
ここに、こちら側の世界に踏みとどまって
消えたあなたを追いかけるつらさよりも
目の前のあなたを追いかけないつらさに
ひとつしかない身体をあずけようとする。

と解説で語られています。

不在の対象をいつまでも忘れずにいること。
それが「仕事」だと認識すること。

解説の堀江敏幸氏の文章を
思い出すのです。








『生誕100周年記念写真展 ロベール・ドアノー』 - 2012.05.05 Sat

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5月1日に東京都写真美術館に『生誕100周年記念写真展 ロベール・ドアノー』
を見に行きました。

チケットの写真は 【パリ市庁舎前のキス、1950年】 
真ん中は、 作品タイトル【トンボ、パリ、1956年】
もう1枚は、【増水した側溝、1934年】
の2枚のポストカードを買いました。

約200点近い写真が展示されていてほとんどが400×300のプリントサイズ。
技法はゼラチンシル―バープリントとなっています。
と書きましたが、私は全然詳しくありません(^^)。入口で配布されていた作品リストに記載があり。

パリを舞台にしているのでお洒落で洗練された印象のものが多かったです。
子どもを撮影したものはとっても可愛いです。【牛乳を買いに行く子供たち】とか
【休み時間の校庭】では雪合戦をしている様子、
【リヴォリ通りのスモック姿の子供たち】横断歩道で一列に並んで横断し
みんながそれぞれに前にいる子のスモックの背中の裾の部分をつかんでいる姿。

ジャン・コクトー、ボーヴォワ―ル、マルグリット・デュラス
ユトリロ、ピカソ、フェルナン・レジェ、ジャコメッティ
などの作家や芸術家を撮影した写真もあり、
洗練された印象の写真の中で、その人物のまなざしの力強さや
精神が写真の中から溢れていて写真の枠には収まりきれない様子です。

1970年代に撮影された【小さいお店】や【ショーウィンドー】は
発色現像方式でプリントされていて、その色がどう表現していいのか
わからないくらい素敵な色なのでした。











「キャット・アート」 シュー・ヤマモト著  求龍堂 - 2012.05.04 Fri

名画に登場する人物をすべて猫にした画集。
作品タイトル、作家名も猫語に変換されてます。解説も。
巨匠画家の作品を本邦初公開
とあります。

本邦というよりも奔放って感じです。

巨匠の名は

三毛ランジェロ

レオナルド・ニャビンチ

ポール・ニャーベンス

ディエゴ・ネコスケス

ニャンブラント

ドラネコワ

ポール・ゴーニャン

ビンセント・ヴァン・ニャッホ

竹久猫二

パブロ・ピキャット

その他多数

ですって(^^)/。

モニャリザと
ヨハネス・フェルネーコの『真珠のイヤリングをした少女猫』
目を見つめちゃいます。
くわしくは
http://www.kyuryudo.co.jp/shopdetail/002000000065

見てニャン=^_^=

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