2012-06

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『川端康成・三島由紀夫往復書簡』  新潮文庫 - 2012.06.30 Sat

お気に入りの書店がいくつかあります。
その中のひとつの書店は、こぢんまりとして静かで、
大型書店にはない居心地の良さがあります。
その書店の文庫の棚には限られた空間のなかに厳選された文庫が置かれ
いつも私のことを上手く誘惑してくるのです。
そして誘惑されるがままにレジへと私は行くのでした。
その魅惑の本は家に持ち帰っても魅力は半減せず必ず読んでしまうのです。
そんな本のなかの一冊。
『川端康成・三島由紀夫往復書簡』です。

川端康成   (明治32年-昭和47年)
三島由紀夫  (昭和22年-昭和45年)

三島由紀夫が二十歳、文壇デビュー以前の頃から
昭和45年、自決の4カ月前に出された永訣の手紙で
終止符を打つまでのものが公開されています。
そして川端康成の返信の手紙。

表紙をめくるとまず目にするのは、写真です。
昭和43年ノーベル文学賞決定の翌日、川端邸にて
ふたりで縁側に座り、三島由紀夫がタバコを手にし、
和服姿の川端康成が、同じものを見つめているように
庭の方を向いています。

昭和20年3月8日川端康成が書いた手紙で、
三島由紀夫が東大在学中に川端康成に送った
処女小説集『花ざかりの森』に対する礼状の手紙から
二人の親交は始まっています。
三島由紀夫は手紙を書くのが好きだったらしく、
筆まめで、義理堅いところがあったらしい。
便箋3枚ぐらいにわたって書かれている印象。
川端康成の返信はさらっと1枚。でも好意的。

師弟関係が深まっていく様子、「仮面の告白」の構想、
ふたりの手紙の書かれていないところに何が含まれているのかを推測する楽しみ、
また、川端康成が自分の飲んでいた眠り薬についてのことや、
御母様づれの石原慎太郎さんと横須賀線に乗合わせたことなどを書いていたり
三島由紀夫が「一貫目以上の猫が小生の膝の上に眠ってをり、バーベルのような重さです。」
と書いていたり、産まれたばかりの長女のことなども書いていたりして、
手紙ならではの日常のひとこまを垣間みることができ、
このふたりの作家が好きなわたしとしては、濃密な読書時間となりました。

巻末の方には「恐るべき計画家・三島由紀夫 魂の対話を読み解く」と題して
佐伯彰一氏と川端香男里氏の対談が掲載されています。
佐伯彰一氏は『三島全集』の編集をされた方で、三島由紀夫と交流があり、
川端香男里氏はロシア文学の学者で川端康成の養女政子さんと結婚された方。
手紙が書かれた当時の背景や手紙から察することが出来る心模様などを
解説のごとく対談されています。
川端康成がノーベル賞受賞以降に三島由紀夫が出した手紙は二通だけ。
そのことについての対談の部分が読み応えがあります。

三島由紀夫が「1961年度ノーベル文学賞に川端康成氏を推薦する」という
スウェーデン王立アカデミーへの推薦文を書いていて
その英文全文と佐伯彰一氏の訳文も載っています。





川端康成はノーベル文学賞受賞記念講演の『美しい日本の私』で、
一休和尚の言葉と伝えられる「仏界入り易く、魔界入り難し」という言葉を紹介し、
「魔」の世界の魅力について熱っぽく語った。
川端康成は作品の中で女たちが秘めている「魔」を執拗にあぶり出し、
自分の心の中に吸収した「女の魔」を味わい、楽しむ。
そして、自分と「魔の女」が永遠に結ばれないことで、美しい緊張感を発生させる。
それが、生きづらいこの世を生きるエネルギーとなる。

そして見事な魔翁となった川端康成の頭上にノーベル文学賞は輝いた。
そのとき、奇跡がおきて自分と「魔の女」の間にあった垣根を越えてしまった。
不可能と同じ意味であったノーベル文学賞を手にした川端康成。
垣根を越えてしまい女の「魔」も急速に薄れ、
川端康成が「魔の女」から生命力を授かる時代は過ぎ、
読者が「魔の女を描いた川端康成」から生命力をもらう一方になった。
川端康成は女たちから「魔」のエネルギーを引き出せなくなった。
そして川端康成のノーベル賞受賞決定の夜、
渾身の悔しさを隠して祝福の言葉を述べたであろう三島由紀夫。
この夜を境として、三島の運命が暗転した可能性は否定できない。

以前に読んだ本でそのような記述がありました。

『川端康成・三島由紀夫往復書簡』の巻末に対比するかたちで
ふたりの略年表が掲載され、それを見るとお互いに影響しあった
人生であったのだなあと感慨深いものがあります。

もしかして三島由紀夫はノーベル文学賞を取れなかった悔しさもあるが
ノーベル文学賞という魔の女に川端康成を奪われたことに落胆し、
そして三島由紀夫のエネルギーを得られなくなった川端康成は
生命力を失っていった面もあるのかもなどと考えてしまいました。



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「自省録」 マルクス・アウレーリウス著 神谷美恵子 訳  岩波文庫 - 2012.06.27 Wed

マルクス・アウレーリウスは西暦121年4月26日に
ローマで生まれたそうです。

マルクス・アウレーリウスが内省して紡ぎ出した言葉は、
古来数知れぬ人々の心の糧となってきたそうです。
わたしの場合、1日を振り返り反省してノートに書き込んだとしても
反省というよりも愚痴になってしまったり、
もう疲れすぎた時は、動物園で見たあのコアラになってしまいたいと書いたりして
もはやわけのわからない事を書いてしまいそうです。

この本は昭和23年に神谷美恵子さんが訳されています。
「生きがいについて」をはじめとする
幾多の著述のある精神科医で思想家の方です。
若き日にマルクス・アウレーリウスの
この『自省録』に出会い深く傾倒したとのことです。
マルクス・アウレーリウスは大ローマ帝国の皇帝という地位にあって
公務を忠実に果たしながら彼の心はつねに内に向かって沈潜して、
哲学的思索を生命として生きていて、
折にふれ心にうかぶ感慨や思想や自省自戒の言葉などを
書きとめておく習慣があったそうです。

宮廷においてつづられ、あるいは遠く北境の陣営において
記されたものだそうです。
原題「自分自身」に示すとおり元来ひとに読ませるつもりで
書いたものではないらしいのです。
古今を通じて多くの人々の心の糧となった理由は
「生を享けた者の中でもっとも高貴な魂」が
息づいているからとのこと。

目次に第一巻から第十二巻とあります。

第五巻

一、 明け方に起きにくいときには、
つぎの思いを念頭に用意しておくがよい。
「人間のつとめを果たすために私は起きるのだ。」
自分がそのために生まれ、そのためにこの世にきた役目をしに行くのを、
まだぶつぶついっているのか。それとも自分という人間は
夜具の中にもぐりこんで身を温めているために創られたのか。
「だってこのほうが心地よいもの。」では君は心地よい思いをするために生まれたのか、
いったい全体君は物事を受身に経験するために生まれたのか、
それとも行動するために生まれたのか。
小さな草木や小鳥や蟻や蜘蛛や蜜蜂までがおのがつとめにいそしみ、
それぞれ自己の分を果たして宇宙の秩序を形作っているのを見ないのか。

という言葉があります。

正しい反省の仕方とはこのような事をいうのですね。
「君」とはマルクス・アウレーリウス自身だとすれば
大ローマ帝国の皇帝でもこのような自省の言葉を残していることに
少しほっとして、また西暦121年から180年に生きた方の
おっしゃることなら素直に聞けるところがあります(^^)。





「郊外へ」 堀江敏幸著  白水Uブックス - 2012.06.25 Mon



パリ郊外の路地の空気の中を歩きながら想い出す。
雑誌「ふらんす」に1年間連載されていた作品の数々です。

路地裏に迷い込む散歩が好きです。
一度も歩いたことのない場所。
地図を持たずに目的地も考えずに。
それは新しい発見をするというよりも
過去に見た懐かしい場所、過去に感じた想いなどに
出会うことであるように思います。
もしくは自分が夢想して
すでに何度も歩いているところのような。

この物語の中でも「私」はパリの郊外を歩きます。
気持ちが納得のいくことばにできない。
そんな思いを過去に読んだ詩や小説などを
想い出しその詩人や作家に寄り添いながら。

散歩の途中、雨が降り出し雨宿りのできそうなカフェが
見当たらず歩き回り雨にたたかれた舗道の下から、
眠れない街の息づかいが漏れ聞こえていたことを思う。
例えばモンルージュの街。
詩人ジャック・レダの『壁の外』を手したときの、
自分ではなかなかことばにできずにいたその感覚を
みごとに代弁してもらったとの思いからくる感謝。

「こちらで、どんなふうに驚かそうと
策を練っても、モンルージュは眠り
さえしていない。穏やかな不眠を生きているのだ
夢見ることもできず、夢など相手にもしない、そんな魂の不眠を。」

レダのモンルージュをめぐる詩篇の中を漂いながら、
『壁の外』が伝えている郊外の雰囲気に寄り添う。
その詩集は空をめぐる詩集と呼んでも差し支えないほどであり
ひたすら歩く者の視野には、人間ではなく、
まずこの空が広がっているのである。と。
レダの作品を通してモンルージュ暮らしの一端が綴られていく。

「空のゆるやかな接近」というタイトルの作品です。

全部で13編の物語が綴られています。
物語に登場する「私」の語りに耳を傾けながら、
ドワノ―やモディアノ、ペレック、モローなど
郊外を愛した写真家や作家、画家に寄り添い、
空を感じながら散歩する時間を過ごせます。


作家 田中慎弥氏の「狐うどん」 - 2012.06.23 Sat

新聞に田中慎弥氏の食べることに関するエッセイが載っていました。

タイトルは「狐うどん」
田中慎弥氏自身は食べものは要するにただ食べればいいのであり
それについて能書きは不要と思っているようです。それでも
原稿料ほしさにもっともらしく筆を進めるとは、あいた口が塞がらない。
と自分のことについて述べています。

谷崎潤一郎の『蘆刈』。
過去の作家は食べる場面をどのように描いて
原稿料を稼いできたのかと語り、
田中慎弥氏はこの作品に触れています。

語り手は夕方、後鳥羽上皇の離宮であった水無瀬神宮へ散歩に出て
上皇の人生を思ううちに日が落ち、入ったのがうどん屋。
「酒を二合ばかり飲み狐うどんを
二杯食べて出がけにもう一本正宗の罎を
熱燗につけさせた」。
狐うどんを二杯とはなんだか妙な夕食に思える。
谷崎の食い意地が語り手に乗り移って
同じものを続けて食べさせたのか。
と述べています。
油揚げで飲んで、シメにうどん、だとしても、
それを二回とはどういう腹具合なのかと。

谷崎自身が食べることに並みではなかったことについて語るため
田中慎弥氏は『陰翳礼讃』についても触れ
味そのものよりも「日本料理は明るい所で白っちゃけた器で
食べてはたしかに食慾が半減する。」という文章にある通り、
食に関する美意識のありようを示している。
と述べています。飯に関して、
「一と粒一と粒真珠のようにかがやいているのを見る時、
日本人なら誰しも米の飯の有難さを感じるであろう」
と書いているのはちょっと大げさだ。
大げさなのが谷崎のよさでもあるのだが。
と田中慎弥氏は述べている。

「蘆刈」の語り手は、水無瀬川の中州に腰を下ろして、
うどん屋で調達した熱燗を飲み、大昔の遊女のことなどに
思いをはせているうちに、自分と同じように中州にうずくまっていた
不思議な男に出会い、その男の語る世界に引き込まれてゆく。
いるのかいないのかよく分からない人物。まるで狐に化かされるようだ。
あの狐うどんは、その前兆だろうか。

という結びの文の田中慎弥氏のエッセイ「狐うどん」。

『共喰い』は読みましたが、このエッセイはとっても好み。
谷崎潤一郎の『蘆刈』を読みながら
水無瀬川を眺めつつ「狐うどん」を食べたくなってしまいました。



「あたまの底のさびしい歌」 宮沢賢治  発行 港の人 - 2012.06.20 Wed

明治29年8月27日に生まれ、
昭和8年9月21日に37歳で生涯を閉じた
宮沢賢治が友人や家族にあてて書いた手紙11通で構成されています。

本の大きさは新書サイズで使われている紙の質感や字体が
郵便箱から届いた手紙を取り出し、ひとりの部屋の中で
少し怖くもあり嬉しくもあるような心持ちで封筒から取り出し
折られた便箋を開いて読むその気持ちのまま読めるように
本として編まれた装丁の温かい本です。


お便り拝見しました。
大演習でも一度熱く燃えなければならない訳ですが、
どうか折角自重してください。
こちらは変りはありません。
先頃は走ってやっと汽車に間に合いました。
あの夕方の黒松の生えた営庭の草原で、ほかの面会人
たちが重箱を開いて笑ったりするのを楽しく眺め、わ
れわれもうすく濁った赤酒を呑み、柔らかな風を味い
うるんだ雲を見ながら何となく談していた寂かな愉悦
はいまだに頭から離れません。
いろいろな暗い思想を太陽の下でみんな汗といっしょ
に昇華さしたそのあとのあんな楽しさはわたくしもま
た知っています。

われわれは楽しく正しく進もうではありませんか。


苦痛を享楽できる人はほんとうの詩人です。

もし風や光のなかに自分を忘れ

世界が自分の庭になり、

あるいは惚として

銀河系全体をひとりのじぶんだと感ずるときは

たのしいことではありませんか。


もし四月まで居るようならもいちどきっと訊ねて行き
ます。

九月二十一日


この手紙は大正14年 弟、宮沢清六への手紙とあります。
この時、弘前の陸軍に入っていた弟清六にあてた手紙だそうです。


先頃は走ってやっと汽車に間に合いました。というところに
なんだか泣きそうになるのです。



「ダンディズム」 生田耕作 著  中公文庫 - 2012.06.19 Tue



19世紀初頭イギリスのダンディとされたジョージ・ブランメルの生きざまに迫っています。
ダンディズムはお洒落さんでもなくナルシストでもないようです。
ダンディズムという道を極めることが真髄のようです。

ダンディズムは19世紀初め、イギリスの青年の間に流行したもので、
その影響はフランスにも及んだそうです。
ジョージ・ブランメルは、1796年から1810年に及ぶ長期間にわたり
イギリスのみならずヨーロッパ全体の流行界の王者として君臨することに
成功したらしいのです。

6歳のとき早くもブランメルは母のいちばん美しいスカートを裁ち
自分の上衣をつくることを計画。持って生まれた素養があったのですね。

スポーツは、激しい動作により衣服を乱す危険にさらされるので
ダンディと相容れないらしいです。なるほど。

ベッドフォード卿が自分の着ている服についてブランメルに意見を求めた時、
ベッドフォード卿の襟をつまみ上げ、憤慨をまじえた驚きの口調で
「ねえ、ベッドフォード君、こんなものをきみは服と呼ぶつもりかね?」
たった今、楽しんでいたお紅茶のカップをあやうく手から落としそうになりました。

あらゆる情念のうちでも恋愛感情は、ダンディが掲げる泰然自若の
理想をもっとも脅かすものであるそうです。
女性を寄せつけないことによりダンディの威信は保たれるのだそうです。
「恋するダンディ」とは矛盾した言葉の組み合わせに他ならないとのこと。
淋しがりやさんはダンディにはなれませんね。

ブランメルは平民の身であったのですが、
プリンス・オブ・ウエールズ、後のジョージ四世に強烈な好意をもたれ、
イギリス社交界で大貴族と対等に付き合ったそうです。
ブランメルはプリンス・オブ・ウエールズに第十騎兵隊へ配属を認められ、
それはほとんどの場合は、とくべつ家柄の高い貴族の子弟のためだけに
用意されていたものなのですが、ブランメルはこの異例の抜擢に
感動するふうにも見えなかったようです。
彼は涼しい顏で受け入れ、不遜の仮面、皮肉な受け答え、
冷たくけだるげな物腰が端麗な姿にみがきをかけ、18歳で大尉に昇進。


普通なら有頂天になるところをブランメルは
「いわば、無関心と、冷淡と、軽蔑をもって己の出世を耐え忍び」
という軍人としての職務にうといふりを装うのでした。
軍人稼業は彼を退屈させブランメルは約束された出世の途を投げ出し
一介の郷士としてとどまることを決意します。
未来のダンディ王として地位を築いていく事となったのです。
このときブランメルは21歳であります。
職業を持つことは、世俗の塵にまみれることであり、
ダンディの資格を放棄することにつながると考えていたらしいのです。

ブランメルは限られた財力のなかでイギリス貴族階級の若者たちと
対等に付き合うために賢明な手段に頼りました。
華美をねらうよりも独創的な贅沢で身のまわりをつつむことに努めたのです。
ブランメルが自らに課した粋の原則は中庸かつ知性的に統一されていること。
「詩人の域に達した」良質の贅沢が行きわたっている点で
他の追従を許さなかったらしいのですが、とりわけ注目を浴びたのは
洗練された服装であったのです。

同時代の紳士と変わりはなくむしろ地味な、古典的な服装。
ただ一般と異なるところは、このごくありきたりの服装を
ブランメルは完璧の域にまで高めることにより、
比類のないものに変えるすべを心得ていたこと。
着付けの儀式を仕終えるのにほぼ二時間を要した奇蹟のようなネクタイの結び方。

ブランメルの衣装哲学を端的に示す寸言があるそうです。

「街を歩いていて、人からあまりまじまじ見られるときは、きみの服装は凝りすぎているのだ」

言葉では自己顕示的攻撃性を発揮するブランメルが
服装においては中庸を第一に重んじました。
自分の置かれている境遇、持って生まれた素質を
最大限に生かす知的な才能にも恵まれていたのですね。

ブランメルは「見せる」こと、そのスノッブの唯一の関心事であることを
一生を捧げるに価する技術であることを宣言し、
彼とともに、スノビズムは恥ずべきものであることをやめた。
もはや彼は模倣せず、逆に刷新したのだ。
流行に従うどころか、それを支配したのである。
自らを高め、いわば一つの新しい感情に変化する、この自覚的な、
恣意的な誇張されたスノビズム、これこそダンディズムである。

と「ダンディ群像」の著者、J・ブーランジェは述べているらしいです。
こうしてブランメルは洗練された趣味の王国の絶対君主になったのだそうです。
ブランメルの魅力はたんなる外型の美しさにとどまらぬ
全人格的ものであったことが、数々の証言の一致して認めることらしいです。

顔立ちの端正さよりも表現をとおして輝き、
面立ちよりも美しいのは頭のもたげ様であり、
肉体の表情が容姿の完成に勝っていた。
そして、その賢げな眼はときどき軽蔑ぬきに無関心で凍りつくことを心得ていた。
完璧なダンディにふさわしく、自分の目にみえる世界よりも
自分のなかに所有しているものの方が勝っているという様に。
芸術家がその作品で認められるようにブランメルはその人格の芸術でもって認められた。
ということらしいのです。

沈着、ポーカー・フェイス、危険を内にひそめた表面の慇懃さ、
そうしたものをブランメルはなんぴとにも勝って持ち合わせている。
まるでブランメルは不愉快がられることを、ねらっているかのようで、
われわれの目には無礼の極みとしかうつらない。
それでいてブランメルが当時の人々の共感と畏敬を
一身に集めることに成功した秘訣とは、

彼は好かれるよりも驚かすほうを好み、それも度肝をぬくほどの。
どのあたりでとどまればよいのかを心得て、
畏怖と共鳴を完全に等しくなるように
その効果の魔術的媚薬を調合した。
毒舌が魅力とうつる人格の芸術なのですね。

本のタイトルの副題が「栄光と悲惨」となっていますが
ブランメルを破滅させたもの、それは戦後の猥雑な混乱だったようです。
一見折目正しいイギリス紳士の体内にはノルマン征服武人の野性的な血が
濃く脈うっていて飲酒癖と並んで広く行き亙っていたのが賭博の習慣。
日々の倦怠を賽の一擲の上に発散していたらしいのです。

それがもっとも盛んなのは高級貴族の集まりウォーティア倶楽部。
われらのダンディはこの倶楽部の花形であり終身会長に祭り上げられていたそうです。
ブランメルは高額を賭け、競争を強いられた。
彼の財産は消え去りましたが、ブランメルともあろうものが
不様な言いわけのもとに出費を制限するわけにいかないのです。
借財による敗退が待っていたのです。
沈着なブランメルにも野性的な血が濃く脈打っていたのですね。

英国貴族社会の風習や紳士服の歴史についても
ブランメルのダンディズムという生きざまを通して
知ることもできる内容となっています。

なにより、この本の著者の生田耕作氏が一番ダンディズムではないだろうか
と思わせる文体で書かれているところが魅力でありました。
とりわけ「後記」とタイトルのある、あとがきの文体はとってもクール。



6月に読みたい本 - 2012.06.15 Fri

6月は雨の音を聞きながら
たまに窓に目を向け雨のしずくを見たりして
読書をするには最適の季節だと思ったりします。

もちろん雨に濡れて咲く紫陽花を見ながら
お気に入りの傘を差してお散歩も
この時期は良いのかもしれませんが、
部屋の中の読書だって良いですよね。

そこで家の本棚に6月の雨にぴったりの
本はないかしらと探してみました。
探すと雨のシーンのある本は見つかるのですが
乾いた感じのする文体だったりして。
湿度のある雨を想起させるものとなるとむずかしい。

「旅をする裸の眼」多和田葉子 著

この本はベトナムの女子高生の「わたし」が
講演をするために訪れた東ベルリンで知り合った青年に
西ドイツに連れ去られ、サイゴンに戻ろうと
乗り込んだ列車でパリに着いてしまい、
スクリーンの中で出会った女優に「あなた」
と話しかけるようになる。

雨のシーンは一度しかないのですが、
ベトナム、インドシナ、などの眼に入る文字、
この著者、独特の文体。

6月の空気の中で読むのが味わいかと。





本の友 『スパイラルリングノート無罫 砂漠ラクダ柄』 - 2012.06.13 Wed



本を読んだ感想を書くために
思いついた文章をメモしておくために
このノートを使っています。

文房具、特に紙を使ったもの、
便せんとかノートとかメモ帳とか
使う目的は決まってないのに
気にいったデザインとか見つけると
買ってしまいたくなります。

このノートが好きなポイントは
罫線がないこと。
思いついたフレーズとかを
走り書きの様に書いているので
斜めになったり、大きさがまちまちの文字になるので
無地の方が使いやすいのです。

それから、画像は横長で置かれていますが
わたしは縦長の向きでスパイラルリングの部分を上にして
横書きで使っています。
幅が書きやすい長さになるので。

あとはクラフト紙が使われているところ。
手触りとか色とかが好みなのです(^^)
他にもシリーズで種類がいろいろとあるみたいです。

メーカーさんのオススメ文です。
「のんびり砂漠を歩くラクダ色のクラフト紙。
カフェで広げて書くのにちょうど良いサイズです。
ゆったりした気分で紙に向き合えば、すてきなアイデアが浮かぶかも。」

すてきなアイデア浮かんできます。
このノートに文字を書きたいと思ってしまうので。




「ナジャ」  アンドレ・ブルトン著  白水Uブックス - 2012.06.10 Sun

ナジャとはナンジャ、アンドレとはダレ。

著者のアンドレ・ブルトンは『磁場』や『溶ける魚』という作品で
自動記述なる、
あらかじめ書くことを予定しないで書くという実験をし、
それはブルトンの詩に対する態度、文章に対する態度ばかりか、
生き方をも決定づけるものであったらしいのです。
それでは、わたくしもと
自動記述で感想を書いてみようと思いましたところ
上記の様な言葉となり、とんでもない事になりそうなので。
このあたりで失礼いたします。

ナジャの目とブルトンの目が、きらきらと光に映えている河の流れをのぞきこむ。
「ほらあの手、セーヌに映っているあの手、
どうしてあの手は水面で燃えているのかしら?
ほんとに、火と水とは同じものだわ。
でも、あの手にはどんな意味があるのかしら?
あなたはどう解釈する?いやよ、もっとあの手を見せて。
どうしてあなたはそんなに先へ行きたがるの?何が心配なの?
ああ、あたし病気なんかじゃないわ。それより、あなたにとって
どういう意味なの、火と水、水の上の火の手?(おどけた口調で)、
もちろん、お金になんかならないわ。水と火はおなじもの、
でも火と黄金は全然ちがうんだもの。」

真夜中のテュイルリー庭園にやってきて
ナジャとブルトンの前に噴水があり、
ナジャはその水の曲線じっと目で追っている。
「あれがあなたの考えとあたしの考えなのよ。
見て、二人の考えがいっしょにあそこから湧いてきて、
あそこまで噴きあがって、ほら、落ちてゆくときのほうが、
ずっときれいでしょ。それからすぐに溶け合って、
またおなじ勢いで引きあげられて、上まであがるとまた砕けて、
ほら落ちてゆく…こうやって、無限にくりかえされるのよ。」

彼女の発する言葉に強く惹きつけられるブルトン。

ナジャがブルトンの書いた本を読み、
そこに引用されている詩を読み感動をおぼえている様子をみる。
本の表紙の色の取り合わせが彼女を驚かせ魅惑する。
ブルトンはナジャが見るもの、発する言葉を通して
自分を知る手がかりにする。
自分の意識を超えたところでの「私」を知るために。

この本を読んでいるわたしたちも
しだいにナジャの言葉に、ナジャの見えるものから
目が離せなくなる。



瞬間の芸術 - 2012.06.09 Sat

音楽は瞬間の芸術であると聞いたことがあります。

その空間で響く音、一瞬で消え去り
二度とその音は聴くことが出来ない。

文学や絵画、彫刻などの芸術は
どうなのだろうかと考えてみる。
やはり瞬間の芸術ではないのだろうかと
思ったりする。

本のページをめくり、文字を目で追う。
読んだ文字はその瞬間通り過ぎ
情景が浮かび消えてゆく。
過ぎた文字を1秒後に繰り返し読んでも
「読むわたし」はその時間の流れの中で
極端に言えば変化していて、書かれている文字は同じでも
読んだ事で起きる文学と私の相乗作用が
違うといえるのかもしれない。

絵画や彫刻はどうなのだろう。
美術館に行き絵画の前で
1時間同じ絵を見続けている。
絵画はずっとそこに佇み私と向かい合う。
しかし時間は過ぎていき絵画の歴史は時の流れに刻まれ
私の細胞も刻々と変化して行く。

音楽も文学も絵画や彫刻なども常に新しい命を
「鑑賞するわたし」に吹きこまれ常に生まれ変わり
時代とともに残っていく。永遠と。

そしてまた、「鑑賞するわたし」も瞬間の芸術作品なのかも。

瞬間であり永遠。

6月の雨の午後。


ドビュッシーとラヴェルの夜 - 2012.06.07 Thu

5月30日の夜、サントリーホールで公演された
NHK交響楽団のコンサートを聴きに行きました。

指揮者は準・メルクル氏。

演奏された曲はまず最初はドビュッシー(1862~1918)作曲の
バレエ音楽「カンマ」
1910年初め頃にカナダ生まれの女流舞踊家モード・アランから
委嘱されて、舞踊音楽として作曲された曲。
アランは、エロティシズムによって話題になった舞踊家。

軽やかな足取りで指揮者があらわれました。
一番最初の音の響く瞬間。待っている私もなんだか緊張します。
緩急がありバレエ音楽は聴いていて情景が浮かびます。
踊るカンマは雷鳴が轟いて最後には死んでしまう。
イングリッシュ・ホルンの音が嘆きの旋律に使われていました。

2曲目は「サクソフォンとオーケストラのための狂詩曲」ドビュッシー作曲。
作曲するにあたり試行錯誤したらしく
「この水の中にいるような楽器からもっとも斬新で、
最もうってつけの響きの混合を引き出そうと必死にもがく」1903年6月
「サクソフォンには、クラリネットのロマンティックな甘美さか、
サリュソフォンのちょっと粗野な皮肉っぽさか?
結局メランコリックなフレーズをつぶやかせることにしたよ…」1903年8月
しかし結局未完のままになり、ロジェ・デュカスが仕上げたそうです。

そのサクソフォンを吹くのは、須川展也氏。
音色はクラリネットのようにクラシカルですが、演奏する姿は颯爽で自由。
ロマンティックな甘美さとちょっと粗野な皮肉っぽさが混じり合い
皮肉っぽさは消え、粗野な部分が自由な爽やかさを思わせる感じです。
サクソフォンはクールな楽器だけれど
須川氏がサクソフォンに吹きこむ感情は温かい、
そんな音色のように感じました。

3曲目は「亡き王女のためのパヴァーヌ」ラヴェル(1875~1937)作曲。
原曲はラヴェルがパリ音楽院在学中に作曲したピアノ曲で、
芸術愛好家として有名なポリニャック大公妃に捧げられているそうです。
公式には1902年の国民音楽協会のコンサートで
リカルド・ビニェスのピアノ独奏により初演され、
オーケストラ編曲版は1910年に作曲者自身によって作られました。

パヴァーヌとはスペイン起源の宮廷舞曲で、
ラヴェルはこの様式化された舞曲を好んで用いたそうです。
「亡き王女のための」という題名はいわくありげですが、
作曲者自身は、フランス語の響き
「パヴァーヌ・プール・ユヌ・アンファント・デファーント」に
ひかれて命名したと述べているそうです。
「亡くなった王女の葬送の哀歌ではなく、その昔スペインの宮廷で
小さな王女が踊ったようなパヴァーヌを喚起させるもの」としています。
薄く透けるようなオーケストレーションがなされているとありますが
ホールで聴いた演奏も繊細で儚げで私のイメージしている
「亡き王女のためのパヴァーヌ」でした。
冒頭のホルンの独奏は何度聴いても大好きです。

4曲目は前奏曲集 第一巻から「パックの踊り」「ミンストレル」
         第二巻から「水の精」「花火」
ドビュッシー作曲(マシューズ編)。

各12曲のピアノから成る2巻の『前奏曲集』は、
ドビュッシーが探究してきた精緻なピアニズムの一つの頂点であるそうです。
両巻とも数曲ずつ初演され、作曲家に一纏まりの曲集という意識が
それほど強くなかったこともうかがえるとのこと。
編曲者コリン・マシューズ(1946~)は、BBCやロンドン交響楽団
などからの委嘱作品も多いイギリスの現代作曲家で
この『前奏曲集』の管弦楽編曲シリーズは、2001年から始まり
全曲が完成しているとのこと。

5曲目はドビュッシー(アンセルメ編)「古代のエピグラフ」
原曲はピアノ連弾曲。友人の作家ピエール・ルイスの恋愛詩に基づく
付随音楽を再利用して6曲に仕上げたものだそうです。
編曲した指揮者のアンセルメは、自分で管弦楽化したかった
作曲家の気持ちを尊重し、編曲版スコアに
「クロード・ドビュッシーの思い出にこの作品を捧げる。
私はここで作曲家の望みを実行しようと努めた」と記しています。

第1曲 夏の風の神パンに祈るための
第2曲 無名の墓のための
第3曲 しあわせな夜のための
第4曲 クロタロンにあわせて踊る舞踊のための
第5曲 エジプトの女のための
第6曲 朝の雨に感謝するための

タイトルが素敵です。ドビュッシーの思い出の
美しさがうかがえる編曲です。

最後の曲はラヴェル作曲バレエ音楽「ラ・ヴァルス」
ラヴェルがロシア・バレエ団の主宰者セルゲイ・ディアギレフの依頼によって
1919年から20年にかけて作曲したものだそうです。
「オーケストラのための舞踏詩」という副題があります。

この曲のスコアには
「うずまく雲の切れ間から、ワルツを踊るカップルの姿がときおり垣間見える。
雲は少しずつ晴れてくる。スコア番号Aのところで、
輪を描きながら踊る人々であふれかえる広間がみえる。
光景はますます明るくなってくる。
シャンデリアの光はBのフォルティッシモのところで燦然と輝く。
1855年ごろの皇帝の宮廷」。
と説明がつけられているそうです。

ラヴェルはこの作品を「幻想的で破滅的な回転の印象」
と交じり合った「ウィンナ・ワルツへの一種の賛歌」である
と説明しています。

ホールでの印象は指揮者がワルツを踊るところが垣間見え、
演奏者が宮廷の広間いっぱいにワルツを踊り始め
観客の頭上にきらめくシャンデリアが燦然と輝き
観客もいつのまにかワルツを踊る人々と化し
サントリーホールに突如現れた皇帝の宮廷という感じです。

こうしてドビュッシーとラヴェルの夜は過ぎていったのでした。


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