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『メルロ=ポンティ・コレクション』 メルロ=ポンティ著 ちくま学芸文庫 - 2012.07.28 Sat

モーリス・メルロ=ポンティは1908年生まれ。
フランスの哲学者。
人間の行動、身体、歴史、芸術
などについて深い洞察を示したとのこと。

「表現としての身体と言葉」(『知覚の現象学』から)
と目次の第一章にある。

すべての言語は、自らを告げ知らせるのであり、
聞く者の心のうちにその意味を持ち込む。
音楽や絵画でも、最初は理解されなくても、
それが本当になにかを語っているならば、
その周囲に自然に理解者を作り出すものである。

散文や詩の場合には、言葉の力はそれほど
明確ではない。
わたしたちは語の共通の意味を知っているのであり、
すべてのテクストを理解するために必要なものを
すでに所有しているという幻想をもっているから。

実のところ、
文学作品の意味は、
語の共通の意味によって作られるというよりも、
語の意味を作り替えるのに貢献しているのである。
聞く者においても読む者においても、
また語る者においても書く者においても、
主知主義者には想像もできないような
言葉の中の思考というものが存在するのである。

語り手は、話す前に考えるのではないし、
話す間に考えるのでもない。
語り手の言葉が思考そのものなのである。
同じように聞き手は記号によって、
なにかを考えるのではない。
語り手の「思考」は、
語り手が話す間は空虚である。
わたしたちの前でテクストが朗読される場合、
うまく表現されていれば、
テクストそのものの外部で思考が形成されることはない。
語がわたしたちのすみずみを占め、
わたしたちの期待にぴったりと重なり、
語りの必然性を感じる。

わたしたちはそれを予見することはできず、
語りに魅了されているだけである。
語りやテクストの終わりは、この魅惑の終わりである。

語りやテクストについての思考が生まれるのは、
それからであり、
それまでは語りは即興的なものとして展開され、
テクストは思考の働きなしに理解されていた。
意味はあらゆる場所にあったが、
どこにも「意味」として指定されていなかった。

ここにいないピエールを思い描くとき、
わたしはピエール自身とは別個に存在する
「想像的なピエール」について考えているという意識はもたない。
わたしがピエールを想像するということは、
「ピエールの振る舞い」をわたしの中で作動させて、
ピエールの疑似現前を作り出すことである。

成功した表現の営みとは、
読者と作家に一つの備忘録を
与えるようなものではない。
意味作用がテクストの核心において
一つの物のように存在することになり、
語の有機的な作用のうちでこれが生命をもつ。
これは読者と作家のうちで、
新しい感覚器官となり、
わたしたちの経験の新しい領域と次元を拓いてみせる。

表現のもつこの力は、
芸術において、
たとえば音楽においてよく知られている。
ソナタの音楽的な意味は、
これを担う音と切り離すことができない。
演奏が終わった後では、
わたしたちは音楽を知的に分析しながら、
音楽を聴いた瞬間に遡ることしかできない。
演奏の間は、音はソナタの単なる「記号」ではない。
ソナタは音を通じてそこにあるのであり、
音のうちに舞い降りる。

しぐさや言葉は身体とは別の能力を形成するとか、
あらわにすると言うだけで満足してしまう。
見逃されていたのは、
こうした能力を表現するために、
身体は最終的にはそれが意味する思考や志向
そのものになる必要があるということだった。
身体が示すのは、
身体そのものであり、
語るのも身体そのものである。

バルザックは『あら皮』で、
「降ったばかりの雪のようなテーブルクロスの上に、
左右の釣り合いのとれた食器がそびえ、
その上をブロンド色の小さなパンが飾る」
と表現していた。
セザンヌは
「青年時代を通じて、私はこれを、
すなわち降ったばかりの雪のようなテーブルクロスを
描きたいと思っていた」
と語っている。
「しかし今では、左右の釣り合いのとれた食器が
そびえているところや、
ブロンド色の小さなパンしか
描こうとしてはならないことがわかっている。
もしも『飾る』を描いたら、私の絵は一巻の終わりだ。
ほんとうに食器やパンの色調を自然のままに描きだし、
左右のバランスをとれば、
『飾る』も雪もすべてのふるえも、
みんなそこに現れるだろう」。

存在するという語には二つの意味があり、
そしてこの二つの意味しかない。
物として存在するのか、
意識として実存するのか
のいずれかである。


美術館に行き、絵画を観る。
コンサートホールで音楽を聴く。
読書している時。
わたし自身が
感じ取っている事を
メルロ=ポンティに教えてもらえた。
そう思えたのでした。






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● COMMENT ●

こんばんは。
なるほど、言葉の中の思考。勉強になりました。
みどりのほしさんは、興味のある分野がかなり近い上に、ちゃんと知らなかったコトを解りやすく表現してくれるので、本当にありがたいです。笑

慧さん、こんばんは。
哲学の本は、難しいけど面白くて読むのは大好きで読み進められるのですが、
けれどもやっぱり難しくて、慧さんに解りやすく表現していると思って頂けてうれしいです。
わたしも、慧さんのブログの記事で勉強しています(^^)。


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